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大阪地方裁判所 平成5年(ワ)12181号 判決 1994年8月19日

原告

更岡秀一

右訴訟代理人弁護士

岩城本臣

右訴訟復代理人弁護士

加藤幸江

被告

末野興産株式会社

右代表者代表取締役

末野兼一

右訴訟代理人弁護士

川崎敏夫

主文

一  被告は、原告に対し、金三五万八六六五円及びうち金三〇万八六六五円に対する平成四年六月六日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告のそれぞれ負担とする。

四  この判決は、一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金七〇万八六六五円及びうち金五〇万八六六五円に対する平成四年六月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

原告は、被告に対し、被告が占有する別紙物件目録二記載の建物に設置されていた消火器の設置方法が民法七一七条一項に規定する土地工作物の設置または保存に瑕疵あるものに該当するとして、右条項に基づき、原告の被った損害の賠償を請求したのが本件である。

一  紛争の経緯

当事者間に争いのない事実及び甲第一号証、甲第六号証、検甲第一号証の一ないし三、検甲第二号証の一ないし三、検甲第三号証の一ないし四、検甲第四号証の一ないし七、検甲第一二号証の一ないし四、検甲第一九号証の一、二、証人吉村健治、原告本人尋問の結果(一、二回)、弁論の全趣旨によって認められる事実は、次のとおりである。

1  原告は、別紙物件目録一記載の建物(以下「原告の建物」という)を昭和二六年七月所有権移転登記手続きを了し、その頃から右建物に居住し、現在に至っている(甲一、原告本人尋問一回目)。

被告は、不動産の売買、賃貸、管理業務を業とする株式会社であり、同目録二記載の建物(名称・九条レヂデンス天祥、以下「本件建物」という)を平成二年四月一六日に新築し、同月二七日所有権保存登記を了した(添付の登記簿謄本)。右建物は、一五階建(一部一六階)の高層マンションであり一階部分を店舗(レンタルビデオショップ)として、その他は居住用もしくは事務所用として賃貸し、管理している(吉村証言)。

本件建物の玄関は、目的の階とコンピューターの暗証番号の二つを押さなければ入れないことになっている。

2  本件建物の建築前の周辺の説明会では、建物の周辺に相当程度の駐車場をあてる予定になっていたにもかかわらず(甲六)、実際は駐車場等の空間のスペースをとらずに、ほぼ敷地全体に本件物件が建てられているために、右建物の東側に隣接している原告の建物との間には、殆ど空間がなく接着した状態になっている(検甲一の一、二、検甲一二の一ないし四)。

また、本件建物の東側は廊下(通路)になっているが、壁や窓によって閉鎖されてはおらず、廊下の手すりが外界に開放された所謂「オープン式廊下」の構造になっているために、廊下の手すりから外界を見下ろした場合、直下に原告の建物の屋根や庭等が見下ろせる状態になっている(検甲一の三、検甲二の一、二)。

3  被告は、消火器を、消火庫もしくは消火器ボックス等に収納した状態ではなく、各階のオープン式廊下に、プラスチック製の保管台を置き、その上に壁にそって裸のままで立て掛けておくといった状態で設置していた(争いのない事実、検甲二の三、検甲三の四)。

4  平成三年七月二三日午前一時三〇分頃(以下「一の事件」という)と、平成四年三月二三日の二三時四五分頃(以下「二の事件」という)の二回にわたり、本件建物の一三階の廊下に前記のように設置されていた移動式の消火器(以下「本件消火器」という)が、何者かの手によって投下された結果、原告の建物の屋根瓦及び屋根板を損壊した(争いのない事実、検甲三の一ないし四、検甲四の一ないし七、原告本人尋問一回目)。

5  二の事件が発生した後、被告は、消火器を前記のように裸のまま廊下に設置する方法から、既に各部屋毎に廊下に面して設置してあった「パイプスペース」(メーターボックスのこと)内に収納し、その扉に消火器の表示をしておく方法に変更した(検甲二の三、検甲第一九号証の一、二)。

右設置方法は消防法に合致するものであり、また、被告は、本件建物一階の掲示板に「物を投げないでください。」という張り紙をして、イタズラ防止の措置をとった(吉村証言)。

6  ところで、原告は、一及び二の事件後に、後記二項2記載の損害を被ったとして、被告に対し、平成四年六月四日付内容証明郵便でもって右損害の請求をし、右請求の意思表示は同月五日被告に到達した(争いのない事実)。

7  よって、原告は、被告に対し、右損害金合計七〇万八六六五円及び弁護士費用を控除した内金五〇万八六六五円につき、請求の意思表示が到達した日の翌日である平成四年六月六日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めている。

二  原告の主張

1  責任原因

本件建物は、住宅密集地のなかの一五階建という高層マンションであり、高層階から物を落下させたなら人命にかかわる重大な結果が発生する危険性があるから、被告は、本件建物につき落下物がないよう設計し、あるいは落下物を防止するための設備を設けるなどして、適切な管理をしなければならない義務がある。しかるに、被告は、本件消火器を消火庫や消火ボックスの中に入れておく方法をとらずに、オープン式廊下に裸で壁に立て掛けておくという方法をとったために、投下というイタズラ行為に無防備であったのは土地工作物の設置または保存に瑕疵あるものに該当する。

従って、被告は本件建物の占有者として民法七一七条一項により、原告に対し、損害賠償の責に任ずる。

2  損害額

(一) 屋根等の修理代金として、一の事件につき四万一二〇〇円の、二の事件につき六万七四六五円の損害を被った。

(二) 就寝中の深夜の空からの事故によって生命の危険を感じる程のショックを受けたことによる慰謝料として四〇万円。

(三) 弁護士費用として、二〇万円。

以上合計額は七〇万八六六五円である。

三  被告の主張

1  本件消火器は、土地の工作物ではないから、仮にその設置方法に不適切なところがあったとしても、土地工作物の管理、保存に瑕疵があるものとはいえない。

2  本件建物には、消防法の規定から消火器の設置が義務づけられており、同法により消火器は通行または避難に支障がなく、かつ、使用に際して何人も簡易迅速に(安直、容易に)持ち出すことができる場所に設置しておかねばならない。従って、被告がとった消火器の設置方法は消防法にのっとった適法なものであって、何ら不適切なところはないから本件物件に瑕疵はない。

3  仮に、本件物件の管理、保存に瑕疵があるとしても、その瑕疵(原因)と損害発生(結果)との間には、第三者の投下行為が介在することによって因果関係が切断されたから、相当因果関係はない。

四  争点

1  本件消火器の設置は、民法七一七条の規定する「土地の工作物」に該当するか。

2  本件消火器の設置方法が、土地の工作物の設置または保存に瑕疵があるといえるか。

3  仮に前項の瑕疵があるとしても、瑕疵と損害発生の間に因果関係は中断されたといえるか。

4  損害額

第三  争点に対する判断

一  争点1(土地の工作物にあたるか)について

1  被告は本件消火器は土地の工作物ではない旨主張するけれども、判例は、建物内の工作物のように直接土地に接着していない鎧戸(東京高判昭二九・九・三〇、下民五・九・一六四六)や、エレベーター(東京地判昭三〇・五・六、下民六・五・八八九)のような内部設備を、建物の一部として土地の工作物として認めた。

民法七一七条は、工作物の占有者や所有者に対し、通常の不法行為責任より重い責任を負わせているが、それは、土地工作物に内在する危険性に注視したためであり、工作物責任は危険責任であると一般的にいわれている。

そうであるなら、土地の工作物であるか否かの判断にあたっては、単に土地との接着性や人工的作為の有無の用件のほかに、①他の工作物との一体性・関連性、②設置の方法・用途、③工作物の機能、④危険性の有無・程度、⑤危険から生じた損害につき賠償責任を負担させることが適当か否か等を総合的に判断されるべきであるといえる。

2  ところで、本件消火器は、それ自体は移動式の消火器であって、有体動産であり、土地に接着してはいない。しかし、消火器は、個別に存在するものではなく、建物や設備の防火のためにそれらに設置されて、それらの設備の一部になって初めて消火器の持つ本来の機能を発揮するものである。

他方、本件建物は、高層マンションという共同住宅であり、多数の人命保護のためにも特に防災に注意を払わねばならないうえに、消防法一七条によっても防火対象物に該当し、消防用設備の設置及び維持が義務づけられている。即ち、本件建物は、建物内に消防用設備(消火器)を設置することによって初めて安全な建物としての機能、効用を発揮することができるのであり右消防用設備を欠くときは、多くの人命にもかかわる極めて危険性のたかい建物となるから、消火設備は本件建物にとって法的にも社会的にも必要不可欠なものなのである。

即ち、本件消火器とその防火対象物である本件建物とは、互いに一体化したとき、それぞれその本来の機能を最も発揮するものといえる。

そうすると、本件消火器(消防用設備)は、防火対象物である本件建物に設置されることによって、本件建物の一部として土地の工作物になったものといわざるをえず、したがって、本件消火器の設置方法が不適切な場合には土地の工作物の設置、保存に瑕疵があることになる。

二  争点2(瑕疵の存否)について

1  本件消火器の設置方法については、前述のとおり当事者間に争いはない。

そこで、右設置方法が適切であったか否かにつき、次のとおり判断する。

消火設備の設置方法には、消火庫型(検甲五の三、四)、スペース設置型(検甲六の二の三、一〇の二の三)、箱ケース型(検甲七の二の三、九の二の三、一一の二の三)等種々ある。

消火器(消火設備)は、まず火災発生という緊急時には、何人によっても迅速簡易に使用されるような状態で設置されていることが必要である。

しかし同時に、緊急時に消火器がイタズラで損傷せずに存在し、かつイタズラ利用ではないとの信用を与えるために、またはイタズラ行為そのものによって財産、人命に損傷を与えないためにも、日常安易にイタズラされてはならない。

2  ところが、緊急時に、何人によっても迅速簡易に使用できる状態で設置しておくためには、建物の外部に接する場所かもしくは外部に通じる玄関ホールや廊下、通路等の共用部分に設置されることが多く、同時にそれは何人によっても最も触れられ易い、イタズラされやすい場所に設置されることにもなるのである。特に、公共用建物の廊下や共同住宅(マンション)の共用部分のように、不特定多数が出入りし、往来する場所においては、消火器を作動し易い状態に設置すればするほど、イタズラされ易い状態にさらされるために、なお一層「作動され易いが、イタズラされ難い」設置方法が工夫されねばならないのである。

例えば、大阪高等裁判所と大阪簡易裁判所との新合同庁舎においては、消火設備は窓や部屋による閉鎖型の廊下であるにもかかわらず、その壁に設けられたボックスに格納されており、その把手に「火災以外開封厳禁」のシールが貼られている(検甲一四の一、二)。

その他、「排煙ボタン」については、ボックスの中に収納され、その上に「火災発生時はフタを上にスライドさせ赤ボタンをおして下さい」旨の記載があり(検甲一三の一、二)、火災報知器は透明プラスチックカバーがかけられ、その上に「強く押す」と記載されている(検甲一五、一六)など消火設備が裸のままイタズラにさらされる状態にはおいていないのである。

3  即ち、消火設備の設置方法の適否は、建物の立地条件(周辺事情)、種類、構造、用途、イタズラによる危険性の有無・程度等を総合的に検討したうえで、「作動され易いが、イタズラされ難い」要請に合致した設置方法がとられているか否かによって判断されねばならない。

そこで、本件につきこれをみると、前記争いのない事実及び認定事実によれば、本件建物は一五階建ての高層賃貸用マンション(共同住宅)であり、不特定多数の通行が予想される廊下はオープン式であり、その開放された廊下側に極めて近接した位置に原告の建物が存している場合、オープン式廊下から物を投下するというイタズラがなされうること、その際、投下した物体や投下した場所が高層階であることによっては、隣接した原告の建物やその住人に損傷を与える結果が発生するであろうことは極めて容易に予想されることが認められるのである。

従って、かくなる建物の廊下に消火器を設置するには、安易に投下されない設置方法を工夫すべきであり、例えばボックスに格納するとか、被告が二の事件後にとったように「パイプスペース」に収納するかしておれば、本件のような投下行為が発生しなかった可能性が高かったにもかかわらず、被告は右のような設置方法をとらずに、持ち運びに安直な「移動式消火器」を単に高層階のオープン式廊下の壁に裸のまま立て掛けておいたために、本件のような投下行為が発生し、その結果原告に損害を被らせたのであるから、本件消火器の設置方法は、本件建物の立地条件、構造等に照らして適切な設置方法であったとはいえず、土地の工作物の設置、保存に瑕疵があったものと認めるのが相当である。

三  争点3(因果関係の中断)について

前二項で記述したように、消火器の設置方法が不適切であれば、それが第三者のイタズラの対象に安易になりうることは、通常予想しうることである。

しかも本件では、本件建物における本件消火器の設置方法が不適切であったために第三者の投下というイタズラ行為を招き、その結果原告に損害を被らせたことも前述したとおりである。

そうであるなら、土地の工作物の瑕疵と、第三者のイタズラ行為と、損害の発生とは、一連の因果の連鎖行為であって、瑕疵と損害発生との因果関係を中断する行為ではない。従って、被告の主張は失当である。

四  争点4(損害額)について

1  一の事件につき屋根等の修理代として、四万一二〇〇円(甲四の一の一、二)二の事件につき、同様修理代として、六万七四六五円(甲四の二の一、二)が認められる。

2  二回にわたり、深夜、就寝中に居住建物の屋根に物体を落下させ、身体の危険を感じさせる精神的苦痛を与えたことによる慰謝料は、二〇万円が相当である。

3  弁護士費用は五万円が相当である。

4  右合計金額は、三五万八六六五円である。

第四  よって、主文のとおり判断する。

(裁判官阿部静枝)

別紙物件目録<省略>

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